東京地方裁判所 昭和39年(ワ)12747号 判決 1967年6月23日
原告 加藤武平 外九〇名
被告 国
訴訟代理人 藤堂裕 外五名
主文
被告は原告等に対し、それぞれ別表二、合計欄記載の金員及びこれに対する昭和四一年一〇月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
一 申立
原告等―主文同旨の判決竝びに仮執行の宣言を求める。
被告―「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求める。
二 原告等の主張―請求の原因
(一) 原告等はいずれも日本に駐留するアメリカ合衆国軍隊(以下、駐留軍という)の労務者として被告に雇傭され、それぞれ別表一記載の勤務場所において、同記載の職種の労務に従事し、昭和三七年一二月一二日以前から同記載のフオアマンの職位にあるものであつて、昭和三九年七月一日当時、同記載の等級号俸、金額の基本給を支給されていた。
(二) 1 駐留軍労務者の給与その他の労働条件は、アメリカ合衆国政府と被告との間に締結された基本労務契約の規定を事実上の準則とし、おおむねこれに準拠して、駐留軍労務者と被告との合意により定められるものであるが、右基本労務契約第四章D節は駐留軍労務者に対する語学手当支給の要件を規定している。そして、右規定は昭和三七年一二月一〇日改正され、昭和三八年一月一日から施行されたものであるが、その内容は次のとおりである。
「(1) 手当の基準
語学手当は日傭従業員以外の従業員に対し次の場合に支給することができるものとする。
a 基本労務契約附表I職務定義書(駐留軍労務者の職種名、基本給表、等級及び語学手当の支給区分を定めたもの。以下、定義書という)中の該当の職務定義に、『語学手当なし』と記載することにより手当を支給しない場合以外の場合
b 駐留軍の部隊が日本語以外の言語にたん能な従業員を使用しなければ職務を行なうことができないと決定し、資格ある従業員を、その職位(一定の職務と責任とを割当てられている作業遂行上の一単位)に当てることを必要とする場合
c 前記の職位に採用され、又は配置された従業員が手当の資格を得た場合
(2) 基本給表(2)の職種
定義書は基本給表(基本労務契約附表IIに示されている)(2)の六等級までの職種について認められている語学手当の支給区分について規定するものとする。同表(2)の七等級以上の職種について、駐留軍の部隊がたん能な語学力を必要とすると決定する場合は次に定める支給区分Bの手当を支給することができるものとする。定義書中の七等級以上の該当の職種には『語学手当支給要領参照』と記載されるものとする。
(3) 支給額
定義書中の該当の職種について定められるところに従い、手当の支給を認められる従業員には、次の表により語学手当を支給するものとする。
支給区分B
二〇パーセント
一五パーセント
一〇パーセント
五パーセント
試験点数
一〇〇-八一
八〇-七一
七〇-六一
無試験
2 ところで、原告等はいずれも全駐留軍労働組合(以下、組合という)に加入しているものであるが、組合と使用者である被告との間に語学手当支給基準の解釈に関し折衝が行なわれた結果、被告の機関である防衛施設庁労務部長は昭和三七年一二月一三日組合に対し「附属協定案に関する疑義について(回答)」と題する書面をもつて次の事項を通告し、これにより基本労務契約の定める語学手当の支給基準より有利な取扱をすることを確認した。
「基本給表(2)に『語学手当なし』と指定されている職種であつても、七等級以上の従業員については『たん能な語学力を必要とする』と決定された場合には、基本給表(2)に支給区分Bと指定された場合と同様な取扱をうけ、語学手当が支給されるものである。」
3 原告等はいずれも基本給表(2)に「語学手当なし」と記載された職種、すなわち六等級以下の職種に属するが、それぞれ前記のようにフオアマンAないしCの職位にあるため、その属する職種の一ないし三等級上の給与等級、すなわち七等級以上に格付されているのであつて、右確認によると、たん能な語学力を必要とすると決定されれば語学手当の支給を受けることになる。
4 被告は右確認にもとずき各原告に対し、別表一記載の月から、それぞれ基本給支給額の五パーセントにあたる語学手当の支給を開始し、原告等は右取扱方を了承して右支給額を受領し、これによつて、各原告と被告との間に労働契約の内容として右支給額の語学手当を支給する旨の合意が成立した。右合意にかかる労働条件は基本労務契約に定めるところよりも労働者に有利である以上、基本労務契約が原告等に対し拘束力を有すると否とに拘らず、有効であつて、被告が一方的にこれを変更して、語学手当の支給を打切ることは許されるところではない。
(三) そうして、原告等が昭和三九年七月一日から昭和四一年七月三一日までの間に受ける語学手当の金額(月額)の内訳及び合計は別表二記載のとおりであるところ、これについては基本給同様、毎月一〇日(休日のときは、その前後の日)に前月の一日から末日までの分の支払を受ける約である。
(四) よつて、原告等は被告から支払のない昭和三九年七月一日から昭和四一年七月三一日までの前示確認の定める方法により算出した別表二の合計欄記載の語学手当及びこれに対する支払日の後たる昭和四一年一〇月二六日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 被告の主張―請求原因事実の認否
(一) 原告等主張の(一)の事実は認める。同(二)1の事実は基本労務契約が駐留軍労務者の労働条件を定める事実上の準則に止まるという点を除いてこれを認める。人事措置に関する規定についていえば、基本労務契約はその付属協定とともに就業規則と同様駐留軍労務者、被告及び駐留軍の間に法的拘束力を有するものである。同(二)2の事実中原告等主張の被告の機関が組合に対し原告等主張の通告をしたことは認める。同(二)3の事実は認める。同(二)4の事実中被告が原告等に対しその主張の語学手当を支給したことは認めるが、その余の事実は否認する(後記(二)参照)。同(三)の事実は原告等に語学手当の受給資格があると仮定した場合には、これを認める。
(二) 被告が原告等に語学手当を支給したのは錯誤によるものであり、もとより、原告等の賃金につき基本労務契約の定める支給基準より有利に取扱う意思に基いたものではない。すなわち、
1 元来、駐留軍労務者に対する語学手当支給の要件は基本労務契約(日本文、英文とも正文であつて(二四条)、その解釈については両者の照合によらなければならない)の規定上、原告等主張の前掲(二)1のとおり、abcの三項目が存し、その全部の充足を要するか、一部の充足をもつて足りるかは日本文上必ずしも明確ではないが、英文と照合し、かつ規定の合理的意味合いを考えれば明らかに全部の充足を要するものと解すべきところ、原告等は、その自認のように基本給表(2)に「語学手当なし」と記載された職種に属するから、右要件のうちaの要件を充足せず、従つて、語学手当の受給資格を欠くものである。もつとも、原告等はその主張のように、いずれもフオアマンと呼ばれる監督的職位(組長、班長、職長等)を占めているため同職種の最高給与等級より一等級以上上級の、すなわち七等級以上の給与等級に格付けされてはいるが、右給与等級は単に職位上のものであつて、語学手当支給基準たる職種上のものとは異なる。換言すれば、原告等の属する職種が七等級以上の職種に変更されたものではない。
2 ところが、基本労務契約には基本給表(2)の職種のうち語学手当支給区分がA又はBと特定されていない七等級以上の職種について原告等主張のように語学手当支給区分をBとして取扱う旨の支給基準がある一方、昭和三七年一二月一〇日の改正により、旧規定では語学手当の支給対象に含まれなかつた技能的職種についても前記要件を充足すれば語学手当を支給しうるものとされたので、駐留軍の契約担当官代理者及び防衛施設庁係官は右規定の解釈を誤り、技能的職種に属する者については職位上だけ七等級以上にある者でも同じく七等級以上の者であるから、たん能な語学力を必要とすると決定すれば、語学手当を支給しうると解した。これがため、防衛施設庁労務部長は語学手当支給基準の解釈に関し組合に原告等主張の通告をなし、また、駐留軍の契約担当官代理者は原告等につき、たん能な語学力の必要性を認定のうえ、語学手当を支給すべき旨の人事措置を被告に要求し、その結果、原告等に対し語学手当の支給が行なわれたものである。
四 証拠<省略>
理由
一 原告等が、いずれも駐留軍の労務者として被告に雇傭され、それぞれ別表一記載の勤務場所において同記載の職種の労務に従事し、昭和三七年一二月一二日以前から同記載のフオアマンの職位にあるものであつて、昭和三九年七月一日当時、同記載の等級号俸、金額の基本給を支給されていたことは当事者間に争がない。
二 そこで次に原告等が語学手当受給の資格を有するか、否かを考察する。
(一) 1 アメリカ合衆国政府と被告との間に駐留軍労務者の給与その他の労働条件等に関して締結された基本労務契約中、語学手当支給の要件に関する第四章D節の規定が昭和三七年一二月一〇日改正され、昭和三八年一月一日から施行されたこと、右改正後の規定が「(1)手当の基準」と題し、その附表IIの基本給表(2)の六等級までの職種に属する駐留軍労務者が語学手当を受給するための要件として原告等主張の前掲a、b、c、の三項目を掲げていることは当事者間に争がなく、右三要件がそれぞれ別個の目的から受給資格を規定しようとしている趣旨に解されること、ならびに基本労務契約(成立に争のない乙第一号証)第二四条によつて、日本文とともに右契約の正文であると認められる英文中、右三要件を掲げるのに、日本文のようにa、b、cの各個をそれぞれ「場合」なる用語で締め括らず、a、b、cの各個については、それぞれ要件事実を示すに止めたうえ、bとcとの間に“and”(「そして」と訳すのが相当である。)なる接続詞を置いてa、b、cを括るとともに、aの前に“Provided”(「場合には」と訳すのが相当である。)なる接続詞を置いていることに徴すれば、語学手当受給のためには右三要件をすべて充足しなければならないことが明らかである。しかるに、原告等が右aの要件即ち「基本労務契約附表I職務定義書中の該当の職務定義に『語学手当なし』と記載することにより手当を支給しない場合以外の場合」に該当しないことは当事者間に争がないから、原告等は右規定によつては語学手当を受給する資格がないものというほかはない。
2 次に、また右基本労務契約第四章D節が「(2)基本給表(2)の職種」と題し、基本労務契約附表IIの基本給表(2)の七等級以上の職種について駐留軍の部隊がたん能な語学力を必要とすると決定する場合には支給区分Bの語学手当を支給することができ、前示職務定義書中の七等級以上の該当の職種には『語学手当支給要領参照』と記載されるものとすると規定していることは当事者間に争がない。しかるに、原告等が、いずれも前記附表IIの基本給表(2)の六等級以下の職種に属することは当事者間に争がないから、右規定中、「職種」という用語を文字どおり職種(成立に争のない甲第二号証によれば、右基本労務契約における職種(英文ではjob)という用語は「職務定義書に含まれる具体的作業内容」を指すことが認められる。)と解する限り、原告等が語学手当の右受給要件にも該当する余地はないというべきである。
(二) 1 ところで、前出甲第二号証、乙第一号証、証人及川陽及び白山正己の各証言によると、基本労務契約の前記改正に伴ない右契約における「職種」という用語の意味が改められたこと、即ち改正前、「職種」とは、前示職務定義書に含まれる具体的作業内容を意味するだけでなく、作業遂行上の一単位であつて、割当てられた職務と責任とを含む位置をも意味したから、例えば、単なる電気工と電気工フオアマンA(電気工のうち他の電気工に対して指揮監督権を行使する立場にある者であつて、組長又は班長補佐の地位にある者)と電気工フオアマンB(電気工のうち他の電気工に対して指揮監督権を行使する立場にある者であつて、班長又は職長補佐の地位にある者。従つて、フオアマンAより上位にある。)とは具体的作業内容を同じくするけれども、割当てられた職務と責任とを異にし、その故に、異なる職種に属するものとして取扱われていたこと、しかるに、改正後、「職種」とは単に職務定義書に含まれる具体的作業内容を意味したから、右に例示した三種類の電気工は、いずれも電気工という同一のに職種に属するものとして取扱われることとなつたこと、一方、改正後の右契約に現われる「職位」(英文ではPositionといわれ、駐留軍により設定された作業遂行上の一単位であつて、割当てられた職務と責任とを含む位置を意味する)なる用語によれば、例えば右三種類の電気工はそれぞれ職務と責任とを異にするから、異なる職位に属するものとして給与等級の格付に差を設けられ、電気工フオアマンAは電気工より一等級上位の給与等級に、また電気工フオアマンBは電気工フオアマンAより一等級上位の給与等級に、それぞれ格付けされたこと、加えて基本労務契約の右改正により、従前は事務的職種に限られていた語学手当受給資格が技能的職種にも拡大されるとともに、前示基本給表(2)の六等級以下の「語学手当なし」と記載された職種に属する者であつても、フオアマンの職位を占めることにより七等級以上の給与等級に格付けされた者のなかには、職務遂行上、米人から口頭又は英文で指示を受けることが多いため語学を必要とする者が存在したから、これらの者に語学手当を支給しても、さして不合理といえない事情にあつたことが認められる。
そして、原告等が、いずれも組合に加入していることは被告において明らかに争わないから、自白したものとみなすが、原本の存在及び成立に争のない甲第一号証及び証人及川陽の証言によれば、組合は右事情にかんがみ、基本労務契約第四章D節の(2)「基本給表(2)の職種」の項に「基本給表(2)の七等級以上の職種について」云々という場合の職種なる用語に、改正前の規定における職種と同一の意味、即ち改正後の規定における職種のみならず、職位の意味を含ませるのを相当と考え、その代表者中央闘争委員長名義の文書をもつて昭和三七年末、防衛施設庁に対し「語学手当の受給できる職種の指定について、『七等級以上の職種について』とあるのは職種の意味であれば不合理であり、各人の職位に基づいて個々に指定すべきではないか。また職種の場合は全国統一的に指定すべきではないか。」等の疑義に対する回答を求めたことを認め得べく、同庁労務部長が同年一二月一三日組合に対し文書をもつて「基本給表(2)に『語学手当なし』と指定されている職種であつても、七等級以上の従業員については『たん能な語学力を必要とする』と決定された場合には、基本給表(2)に支給区分Bと指定された場合と同様の取扱をうけ、語学手当が支給されるものである。」と回答したことは当事者間に争がない。
2 以上の事実関係に基き考えてみると、駐留軍労務者の組織する組合と労働契約上、使用者の地位にある被告の機関たる防衛施設庁労務部長との間において文書をもつてなされた右質疑、回答は一見して、基本労務契約第四章D節(2)における「職種」なる用語の解釈に止まるもののように思われるが、実質的には語学手当支給の要件につき、右「職種」に、本来含まれない「職位」なる概念を新たに持込む点で意見の一致をみ、これを踏まえて、準則を定める趣旨であることが、相互の文書を照合して明らかであるから、これを労働条件の基準として定立することについて合意をしたもの、即ち、一種の個別的労働協約を締結したものと解するのが相当である。従つて基本労務契約を基礎とする駐留軍労使間の就業規則(基本労務契約第一九条―前出乙第一号証参照)に定める語学手当受給要件は右質疑回答により、その限度で労働者に有利に変更されたものというべきである。もつとも基本労務契約(前出乙第一号証参照)第一九条は日本国政府はアメリカ合衆国政府との協議、交渉及び事前の文書による合意なくしては右契約に基づき提供される従業員の就業規則もしくは雇用条件又は作業条件を定め、又は変更しないものとすると定められ、被告が組合に対し右回答をするにつき、アメリカ合衆国政府との間に右に示した手続を経たことの証拠はなく、この点で右契約違反の譏を免れないが、それだからといつて、組合と使用者たる被告との間に締結された労働協約の効力が左右さるべきいわれはない。
また、被告は防衛施設庁当局の右回答は錯誤によるものであつて、駐留軍労務者を基本労務契約の定める基準より有利に取扱う意思に基くものではなかつたと主張するけれども、右当局は右契約第四章D節(2)における「職種」に「職位」の概念を含ませるときは、これを含ませないときの語学手当支給基準より労働者に有利であることを認識したうえ、右回答をなしたものというほかないから、被告の右主張は採用することができない。
(三) 1 したがつて、原告等と被告との間の個別的労働契約は右労使間の質疑回答、実は労働協約によつて変更された語学手当受給要件に関する基準によつて規律されることとなつたものといわなければならない。
2 そして、原告等が、いずれも基本給表(2)に「語学手当なし」と記載された職種、すなわち六等級以下の職種に属するが、前記のようにフオアマンAないしCの職位にあるため、その属する職種の一ないし三等級上の給与等級すなわち七等級以上に格付けされていることはすでに認定したところであるから、原告等は右質疑回答の定めた基準により、駐留軍の部隊からたん能な語学力を必要とすると決定されれば、所定の語学手当を受給しうる資格を有するものとして取扱わるべきである。
3 ところが、弁論の全趣旨によれば、駐留軍の契約担当官代理者が原告等につき、たん能な語学力が必要であると認定のうえ、語学手当を支給すべき旨の人事措置を被告に要求したことが認められ、これに基き、被告が原告等に対し別表一記載の月に、それぞれ、その月の一日から末日までの基本給支給額(月額)の五パーセントに当る語学手当を翌月一〇日(休日のときは、その前後の日)に支給することとして、その支給を開始し、原告等が、これを受領したことは当事者間に争がない。
もつとも、被告は駐留軍契約担当官代理者の語学力の必要性認定及び人事措置要求は錯誤によるものであつた旨を主張するが、右契約担当官代理者の右認定及び要求が錯誤に基くものであつたことを認むべき証拠はないから、被告の右主張は採用しない。
したがつて、原告等は、いずれも、これにより、所定の語学手当の受給資格を備えたものといわなければならない。
三 さすれば、被告に対し別表二記載の期間中の前記割合による同表合計欄記載の金額(これが語学手当の受給資格を肯定した場合におけるその額に相当することは当事者間に争がない)の語学手当及びこれに対する履行期の後である昭和四一年一〇月二六日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告等の本訴請求は理由があるので、これを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、なお仮執行の宣言の申立はこれを相当でないと認めて却下し、主文のとおり判決する。
(別表省略)
(裁判官 駒田駿太郎 沖野威 高山晨)